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Enquanto isso no outro lado do mundo... Parte 3

能登半島には、いい陶土があった。そして、何かが生まれてくる土壌もすべて の素材もあった。私は今まで東南アジアや、ヨーロッパ、唐津、瀬戸、備前、信楽、珠洲などたくさんの窯跡や陶土を研究してきた。いろんな経験や焼成や造形 をしてきた。ここには、この半島には素晴らしく素直ないい土があった。特に七尾、洲衛から能登町に渡りいい感じに存在していた。長谷川等伯の出生でもある が、風、海、波が本当に自然の強さを出している。長年、焼物を焼き続けてきたが、ここの半島に来てからは、民族性、風土、慣習などさまざまに触れてきた。 その全てが、何かを生み出しまるで、アフリカのマリのような感性の持った半島人達は、なぜか自然と芸と技術を持っている。しかし、それは誰も考えていない 大地から醸し出す気骨がなんともいい。半陶とう焼物は、私自身がこの人生の中で「焼物」だけで食すると言うことが、どうにも分からない生き方だったこと。 まさに、日本の昔からあった半農半陶の精神でもあったように、「半ば陶芸をする」そして、半農ではないが、その生きて行く方向性がそのままであったから、 授かったものである。何もかもがステージを持ち、毎日生きていくことによって、発見があり画一化されたモノ造りではなく、仏教感を持った「円空上人」のよ うに、無為する創造のモノ造りをするべく、作り続けてきた何かをこの半島で現して生きたい。観音菩薩の笑みのように、信じ思い続け真剣に願いかなう事を夢 見て、この身体から歓喜気楽になった作品を見て頂きたい。飛鳥天平文化のように、自由闊達で飾り気のない野武士が祈り続けた気迫が何か、感じていただけれ ばと願っております。この半島より、大地を掴み出で風雪に耐え続けた木々で焼き上げ、そのままの「カタチ」に現し、出でた作品を使い眺め私のこの不器用な ありのままを楽しんでください。

2008年12月9日

空海の夜明け

























空海は、ここの地に降り立ち仏教を伝えた。






見附島(軍艦島)は、何か騒然とすべてを問いかけてくる。






三杵は、なぜここにあったのかというロマンを残したまま、今現代に流れてきている。






珠洲市には、そんな歴史観があって、常に時代の先端として知られてきた。






私は、この海岸で拾った珪藻土の穴のあいた石を見てから、いつかこの地に来て制作し生きていきたいと、思ったことが、昨日のようで忘れられない。






本当に、ここで彫刻や陶芸、何もかもが発揮できると。






この海岸には、芸術的すべてが展開している。






だからこそ、自分足で確かめることが、何より大事なのだ。



弘法大師は、ここに来て仏教を広め、今日の日本の原点となっている。






だからこそ、この半島から原点を生み出していきたい。

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